「あすなろ物語」(井上靖)①

鮎太に対して大きな影響を与える冴子と雪枝

「あすなろ物語」(井上靖)新潮文庫

祖母りょうと土蔵で
二人暮らしをしていた
13歳の鮎太のもとで、
19歳の少女・冴子が同居を始める。
冴子は鮎太に話す。
「あすは檜になろうと
 一生懸命考えている木よ。
 でも、永久に檜にはなれない。
 それであすなろうと

 言うのよ」…。

本作品は読み手の年齢に応じて
ちがった顔を見せてくれるのでしょう。
かつては成長物語、
もしくは青年の迷いを描いた作品と
受け取っていました。
今読むと、それ以上に
人間と人間の関わりの部分に
心を惹かれます。
特に女性との関わりです。
本作品は6つの小品からなる
連作短編集とでもいうべき
形態なのですが、そのうち4編は、
鮎太に対して大きな影響を与えるのが
女性なのです。
特に際立っているのは
第一・二編に登場する
冴子と雪枝の2人です。

「深い深い雪の中で」
鮎太13歳。
19歳の少女冴子は祖母の姪です。
でも、鮎太と祖母は
血が繋がっていないので、
鮎太と冴子もまた他人です。
初めのうち高慢だった冴子は、
次第に鮎太にとって姉、
いや母親のような
存在になっていきます。
冴子はやがて大学生・加島と恋に落ち、
心中を図ります。
二人の遺体を前にした鮎太。
「二人の死を越えて行かねばならない。
 己れに克って
 人生を歩んで行かねばならない。
 中学に入って、
 沢山本を読まねばならない。
 そんないろんな昂ぶった感情が
 入り混じって、
 いっせいに鮎太の心から噴き出し、
 それが鮎太をそこに
 棒立ちにさせていた。」

「寒月がかかれば」
中学3年生・鮎太(16歳)。
下宿先の寺の娘・雪枝は
女学校卒業の17歳です。
雪枝は鮎太の家庭教師的な役割です。
寺での仕事を教え、鉄棒を指導し、
なよなよとした精神を鍛えます。
当時の学制から判断すると、
二人の年齢はおそらく
1つか2つくらいしか
ちがわないはずなのですが、
雪枝は完全にお姉さんです。
雪枝が放った一言。
「学問もだめ、鉄棒もだめ、
 歌もだめ、
 ひょっとしたら不良の素質だけが
 あるかも知れないわよ、あんた」
「なるなら一流になったらいいわ。
 生半可な秀才より
 余程気が利いている。」

年上の冴子・雪枝から
大きな影響を受けた主人公鮎太は、
成長ではなくむしろ失速気味。
だから「あすなろ」なんでしょうか。
しかし、よくある成長物語でもなく、
安易な恋物語に堕するのでもなく、
鮎太の清純な感受性を
余すところなく書き表した
本作品はやはり名作です。
中学校2年生に薦めたいと思います。

(2019.9.27)

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